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ことばで音楽を,音楽でことばを神戸松蔭女子学院大学Back to Bluegrass top page Back to top page これを言うとたいていの人は驚くかあきれるのですが,私が大学進学の時に外国 語学部,英語学科を選んだのは,アメリカの民俗学を勉強したかった,というよ りアメリカの民俗音楽を勉強したかったからなのです。兄の影響もありますが, 生意気な中学生だった私は,ブルーグラス bluegrass と呼ばれる音楽を聞き始 め,やがて楽器を買ってもらって演奏するようになりました。高校生の時の一番 の関心事は音楽で,もらった小遣いはほとんどレコードなどに使いました。今で もそうですが,こういう音楽は聞く人が少ないので,ラジオでほんの稀に専門の 番組があったりするのを必死で聞いている,というのがメディアの恩恵を受ける 唯一の機会だったと思います。テレビでブルーグラス音楽の演奏が見られるとい うことは,今もそうですが,本当にまれなことでした。
勿論,そうやって手に入れる超貴重な輸入盤は私にとってのほとんど唯一の情報 源ですから,レコード・ジャケットに書かれていることは全部読もうとしました。 やがてこの音楽の専門誌もアメリカから定期購読するようになって,私なりに知 識が深まっていきます。こうして,高校生の私は自然のうちに英語でしか入って こない情報を扱いこなすようになっていたのです。こうやって外国の文献を読ん でいると,学校の勉強など特にしなくても,英語は読めるようになっていました。 さらに,ブルーグラス音楽の同好の先輩を通じて,アメリカのミュージシャンの ライブ演奏テープを手に入れて聞くようになりました。音質は悪いのですが,す ごい迫力と臨場感に圧倒されて,一つの音も聞き逃さないように集中したことを 覚えています。何度も何度も聞いていると,ミュージシャンたちがステージで語っ ていることばを知りたくなります。この音楽の演奏家の多くは米国南部の出身で, いわゆる訛りが強く,学校で習う英語の知識ではなかなかことばを聞き取るのは 難しいのですが,次第に決まり文句のようなものがあることがわかってきます。 こんな風に,ブルーグラス音楽は私にとても自然なかたちで英語を教えてくれた といえます。よく,英語を学ぶのではなく英語で学ぶのがよいとい われますが,私の場合はブルーグラス音楽に浸り込んでしまったためにこの音楽 を英語で学ぶ以外に道がなかったのです。
長いブランクの後,数年前から再びブルーグラス音楽を聞き,演奏活動もするよ うになりました。ブルーグラス空白期間にはジャズやブルーズを聞いていたので すが,その経験があるからこそ,ブルーグラス音楽は今の私にとって以前とは違 う新鮮な味を持って伝わってきます。 昨年,私は念願のブルーグラス音楽に関する出版物を刊行しました。ブルーグラ ス音楽の父,ビル・モンロー (Bill Monroe, 1911-1995) の伝記ともいえるビ デオ作品 Bill Monroe: Father of Bluegrass Music のスクリプトを対訳 形式にし,それに解説や登場人物の紹介を書き,外国でも読んでもらえるように すべてバイリンガルにしました。 私の授業を受けた人は知っていると思いますが,授業 でよく音楽を材料に使います。昨年はアメリカ英語の [t] 音のバリエーション の話をするのに Kathy Kallick の Part of a Story という歌をテキストに使い ました。John is easy to please. の構文の話をする時に,Cole Porter の名 曲(ブルーグラスではないですが)``You'd Be So Nice To Come Home To" を 聞いてもらい,(どうもこの曲の邦題として定着しているらしい)「帰ってく れてうれしいわ」というのはとんでもない誤訳であるという話をしたこともあ ります。 一般に,歌はその歌詞を大切に発音するべきものですから,歌を聞くとその歌 詞から多くの情報を得ることができる,というのが私の変わらない信念です。 これからも,ことばで音楽の理解を深め,音楽でことばの不思議 を探っていく,という今の方法は続けていきたいと思っています。 Back to Bluegrass top page Back to top page |